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神はいるのか、いないのか

神はいるのか、いないのか

という、大層なテーマで始まった訳ですがね

まぁ、日曜日の朝から何を書いてるんだコイツは、と

そんな程度に思ってくれればいいですヨ( ´ ▽ ` )ノ

勉 強 し ろ よ は禁句です



以下長くなりそうなので、かったるい人は読まなくていいです

あと、「神などいない」という前提で話を進めて行きますので

それを不愉快に思われる方も戻るをクリックしてね










えーっと、まず

なぜこんなことを書き始めたのかというと

昨日の聖書の時間(僕の学校はキリスト教主義ですので)に出て来た

パスカルの賭け

について、疑問を持ったからです


パスカルの賭けってのは

神はいると思って生きた方が、神などいないと思って生きるよりよい。

というものです

具体的に言うと

神はいると思って生きた→いた・・・天国へ(大幅な+)

神はいると思って生きた→いなかった・・・変化なし(±0)


神はいないと思って生きた→いた・・・地獄へ(大幅な-)

神はいないと思って生きた→いなかった・・・何も無し(±0)



つまり、神を信じて信仰の道を歩んだ方がよい、という訳です

…って
チョーットマテーイ!!


神はいると思って生きても±0だと?

ざけんな!!

パスカルよ

貴方も熱心なキリスト教徒なら分かるはず

キリスト教の大変さを!!(オイ


まぁ、キリスト教主義の学校に通っている人間がこんな事をいうのは間違ってると思います

けど、よく聞いて下さい!!

あのね、

宗教を信仰するのには多大な時間とお金がかかるんですよ!!

まぁ、キリスト教の場合お金はかかりませんけども

それでも、教会を建てたり、聖書買ったり・・・

いろいろとしんどい訳じゃないですか


それにね

毎日毎日学校で礼拝してね

そんな時間あったら授業しろよって話ですよ

日曜日の午前中潰してね

わざわざ教会まで行ってね


いや、それで天国へ行けるなら大歓迎ですよ

2時間でも3時間でも潰しましょう

でも!!

神などいなかったら!?

±0ですみますか?

決して±0なんかじゃないはずです

少なくとも僕にとっては!!




…えーっと

つい勢いで色々言っちゃいましたが

今日はこの辺で一旦終わっときます

次回はパスカルの賭けの問題点とか

本格的に神はいるのかという話をしようかと

次回っていつか分かりませんけど


長くなってすいません

反論あればコメントよろしく








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